Court Paper

訴     状

2017年(平成29年)7月28日

広島地方裁判所 御中

 

 

 

       原告訴訟代理人   弁護士 藤    井       裕

 

 

 

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

 

 

 

地位確認等請求事件

 

訴訟物の価額  金1043万円

貼用印紙額   金5万3000円

予納郵券額   金6000円

 

 

請 求 の 趣 旨

 

1 原告が、被告に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、2017年(平成29年)5月から本判決確定の日まで、毎月21日限り56万円、毎年6月30日限り57万4000円、毎年12月10日限り65万8000円、毎年3月15日限り22万4000円、及びこれらに対する各弁済期の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに1項及び2項について仮執行の宣言を求める。

 

請 求 の 原 因

第1 当事者及び事案の概要等

 1 被告

被告は、地方独立行政法人法に基づく公立大学法人であり、広島市立大学や、同大学の附属研究機関である広島平和研究所等を設置、運営している。

広島平和研究所(以下「平和研究所」)は、被爆都市として世界に知られる広島の歴史を背景に、平和に関する学術研究を通じて、核兵器の廃絶に向けての役割を担うとともに、世界平和の創造・維持と地域社会の発展に貢献することを目的として、1998年(平成10年)4月に開設された広島市立大学の附属研究機関である。

 2 原告

原告は、韓国で生まれ育った韓国籍の女性(53歳)である。

2005年(平成17年)10月に被告との間で労働契約を締結して、平和研究所に研究者(講師)として入職し、2008年(平成20年)10月からは准教授として勤務していた者である。

  3 本件懲戒解雇

被告は、2017年(平成29年)3月17日付けで、原告を懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」)。

同日、被告は、原告に対し、本件懲戒解雇の事由について、下記のとおり通知している(甲1の2)。

「平成26年度学外長期研修者として、平成26年4月1日からケンブリッジ大学(イギリス)において研修を行わなければならないところ、無断で韓国等に滞在し、イギリスへは一度も行っていなかった。」(以下、「本件懲戒事由①」とする。)。

「また、研修状況の報告等を求めた際、大学に対し、パスポートコピーや他人の署名入り書簡、韓国の出入国記録証明書を偽造して提出する等して、『イギリスに居た』と虚偽を報告し続けた。」(以下、「本件懲戒事由②」とする。)。

「さらに、偽造した搭乗券コピー等を提出の上、イギリスの往復旅費34万4174円を不正に受給した。」(以下、「本件懲戒事由③とする。)。

 4 事案の概要 

しかしながら、本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、被告においてその権利を濫用したものとして無効である。

このため、原告は、被告に対して、労働契約上の権利を有する地位の確認、及び本件懲戒解雇後の賃金として2017年(平成29年)5月1日以降の賃金の支払いを求めて本件を提訴するものである。 

 

第2 原告の経歴等

  1 原告の専門分野は社会学であり、東アジアの歴史、政治、文化等について学術的な研究を行ってきた者であるが、それが本件の実情にも大きく関連するため、まず、原告の近時の研究テーマや業績について述べておく。

 2 原告の研究者としての主な経歴等の概要は次のとおりである(甲2)。

 

① 1992年(平成 4年) 9月  ~  2002年(平成14年)1月

米国ジョージア大学      (助手、研究員等)

② 2001年(平成13年) 1月  ~  2004年(平成16年)8月

在韓国アメリカ大使館 広報部地域問題専門家(上席広報担当)

③ 2004年(平成16年) 9月  ~  2005年(平成17年)6月

米国ポートランド州立大学  (客員教授)

④ 2005年(平成17年)10月  ~ 2008年(平成20年)9月

広島市立大学広島平和研究所(講師)

⑤ 2008年(平成20年)10月 ~

広島市立大学広島平和研究所(准教授)

(なお、被告に入職する以前には、以上の他に、並行して、韓国及び米国の大学で非常勤講師等を務めたことがある。)

 

 3 本件に関連する原告の研究活動・研究業績等について

(1)原告は、2005年(平成17年)に被告に入職した直後から、平和研究所における研究プロジェクト:「北東アジアにおける集合的記憶」のコーディネーターを任された(甲3の1)。

「集合的記憶」とは、社会学の分野における学術用語であり、共通性を持つ集団において共有される記憶を意味する。歴史研究等に用いられる方法論の一つで、第一次大戦後の欧州で始まった研究手法である。

原告は、上記研究プロジェクトの成果の一つとして、世界的に著名な社会心理学者であるバリー・シュウォルツ(ジョージア大学名誉教授)と共同して、北東アジアにおける紛争の歴史がどのように諸国民の集合的記憶として象徴化され、「歴史カード」として操作されるのか、政治経済・社会的環境は集合的記憶の形成にどのように作用するか等をテーマとする書籍(「Northeast Asia’s Difficult Past 」)の編集者(及び執筆者)を務め、同書籍は、2010年(平成22年)に日本国外で出版された。

その後、同書籍は、2014年(平成26年)5月に、日本の出版社からも出版されている(以上につき、甲3の1~3、同4参照)。

(2)上記研究プロジェクトの実施期間終了後も、原告は、同様のテーマの研究プロジェクト:「北東アジアの文化及び集合的記憶」(甲3の2)のコーディネーターを務めるなど、引き続き、北東アジアの歴史、政治、社会を理解する研究に勤しんできた。

また、原告は、2012年(平成24年)から2016年(平成28年)までの間、ケンブリッジ大学の権憲益(クオン・ヘオニク Heonik Kwon )教授が主任研究員を務める研究プロジェクト(「Beyond the Korean War 」:邦訳すると「朝鮮戦争を超えて」)にも共同研究者として参加した。

権教授は、上記(1)の書籍(「Northeast Asia’s Difficult Past 」)の執筆者の一人であったところ、上記研究プロジェクト(「Beyond the Korean War」)を進めるについて、原告が日本に拠点を置く韓国人の研究者であり、かつ集合的記憶論の研究者でもあることに着目し、原告を共同研究者として誘い、参加させたものである。

この権教授が主任研究員を務めるプロジェクトは、ケンブリッジ大学の承認の下に進められたプロジェクトであり、かつ、韓国中央研究院(THE ACADEMY OF KOREAN STUDIES 韓国の国立研究機関)の学術振興事業から助成金(助成金の名称は「Overseas Korean Studies Lab Grant」)を受けて進められたプロジェクトであった。

このプロジェクトにおいて、原告は、権教授から、朝鮮戦争と日本人・日本社会との関わりという視点をもって研究するよう提案を受けていた。

(3)原告は、本件懲戒事由①ないし③に関わる「平成26年度学外長期研修」の期間、すなわち、2014年(平成26年)4月1日から、2015年(平成27年)1月末ころに被告から同研修の中止を指示されるまでの間も、韓国の研究機関において、原告が従前から取り組んできた研究活動に邁進していた。

すなわち、上記(2)のケンブリッジ大学・権教授の研究プロジェクト(「Beyond the Korean War 」)の一環となる研究(後述する「田内千鶴子」に関する研究)等に邁進していた。

また、後に、原告や関連分野の研究者らによる従前からの研究活動の成果を結実させるものとして出版された書籍の編集者(及び執筆者の一人)として、調査、研究、編集、執筆、出版準備等の活動にも邁進していた。

そして、原告は、上記研修期間中の研究成果(後述する「田内千鶴子」に関する研究)については、2015年(平成27年)4月10日に大学の主催で開催された学外長期研修報告会(学内の報告会)において、約90分間にわたり報告している。同報告会には、広島市立大学の青木学長(被告理事長)、若林副学長(同副理事)、塩田 前事務局長(本件懲戒解雇当時の事務局長で2017年〔平成29年〕3月末に交代)、及び平和研究所の吉川所長(原告の直属の上司)も、他の大勢の教員らとともに出席し、原告の報告を聴講している。

さらに、2015年(平成27年)10月には、従前の研究成果を結実させた書籍「Routledge handbook of memory and reconciliation in East Asia」(が出版された(甲5・4頁参照)。この書籍は、原告が編集者を務め、かつ、執筆者の一人も務めたものであり、各国の研究者らの論文で構成されているところ、2016年(平成28年)12月には、韓国の教育部(=Ministry of Education 日本の文部科学省に相当する。)から、ベストブックアワードとして表彰を受けた。海外でも高く評価されている。

このように、原告が、「平成26年度学外長期研修」の期間を通じて研究活動に邁進し、成果も残している事実にまずは留意されたい。

 

第3 本件懲戒事由①にかかる事実関係について

   -「平成26年度学外長期研修者として、平成26年4月1日からケンブリッジ大学(イギリス)において研修を行わなければならないところ、無断で韓国等に滞在し、イギリスへは一度も行っていなかった」について-

 1 事実関係の認否

原告が、2014年(平成26年)4月1日以降、英国には一度も赴かず、韓国に滞在し、同国の研究機関において研究活動に勤しんでいたことは事実である。

その理由は、原告においては、自分が被告に申請し認められた制度(海外長期研修制度)を、サバティカル(研究休暇制度)であると誤認して行動していたからである。

また、原告は、韓国の研究機関において研究活動を行うことについて、自分の所属長である、吉川元(きっかわ げん)平和研究所長においても承知し、了解しているものと認識しており、無断で韓国に滞在しているという認識ではなかった。

以下、詳述する。

 2 平成26年度学外長期研修に応募(申請)して採用された経過

  (1)申請者を募集する旨のメールについて

2013年(平成25年)6月5日、大学事務局員(湯出原職員)から、原告を含む全て「教員各位」宛てに、

本文に「『学内・学外長期研修制度』について添付の資料をお送りいたしますので、研修を希望される方は、6月30日までに所属の学部等の長へ必要書類を提出していただきますようお願いいたします。」

と記載されたメールが送信された。

このメールには、平成26年度学内長期研修に係る応募要領、平成26年度学外長期研修に係る応募要領等の文書データが格納された圧縮ファイルが添付されていた。

  (2)原告の日本語能力と原告の上記メールへの対応

ア もっとも、上記のメールには、英語訳が一切付されていなかったため、原告は、同メールには特に関心を払わず、その添付ファイルも読まなかった。

(ア)すなわち、原告は、2005年(平成17年)10月、被告に講師として採用される以前は、生まれ育った韓国、及び米国の研究機関で勤務しており、韓国語及び英語については、会話と読み書きのいずれについても高い能力を有している。

一方、日本語については、被告に採用される以前に、格別の日本語教育を受けたことはなく、会話能力も、読み書きの能力も、ほとんど皆無に等しかった。

それゆえ、原・被告間の労働契約は、原告が日本語能力を有しない者であること(英語話者であること)を前提に締結されたものである。

(イ)原告は、被告に入職して以降も、今日まで、日本語教育を受けたことは一切ない。

日々の学内外での生活を通じて、独力で日本語の習得に努めてきた結果、会話能力については、平易な日常会話程度であれば、コミュニケーションを交わすことに支障も少なくなりつつあったが、現在でもなお、十分な日本語の会話能力を備えるに至ってはいない。日本で生まれ育った教員や大学職員のような語彙力は到底持ち合わせていないため、会話の相手が、自分の知らない単語や表現を用いた場合は、他の言葉に置き換えて説明しなおしてもらわなければ理解できない状態である。また、会話の内容自体が込み入ったものになったり、会話のテンポが速くなったりすると、コミュニケーションに齟齬が生じることも多い。

さらに、原告の、日本語の読み書きの能力は、その会話能力に比しても格段に乏しい状況にある。平易かつ、よく見慣れた言葉を用いた単純で短い文章であれば、概括的にその内容を推測する程度のことはできるが、そうした文章でも正確に意味を取り違えることなく読解、内容を確認しようとすれば相応の時間とツール(翻訳ソフト・「Google翻訳」等)、あるいは口頭でその文書を説明できる者の支援を要する。また、普段、見慣れないような類の用語、用法、形式の文章については、翻訳ソフトや支援者の助けなくしては、自力ではほとんど理解できない。翻訳ソフトを利用するには、まずは翻訳しようとする文章を日本語でソフトに入力しなければならないが、当該文章がコピー&ペーストできるデータでない場合は、一文字一文字を自ら打ち込んで入力しなければならない。文章量が多ければ、事実上、それは困難である(原告は、研究活動等の通常業務においてワープロソフトを使用する場合も英語入力を用いており、日本語を入力する作業の能力も乏しい。これは例えば、日本の中学、高校、大学等では英語教育が行われているが、それでも、日本人の多くにとって、英語の文章をワープロで打ち込んで書き写す作業が容易ならざるものであることを想起すれば容易に理解できるであろう。英文の場合アルファベットのみであるが、日文の場合は、漢字やひらがなが混在するからなおさらである。)。

イ このように、原告は、日本語能力を有しない英語話者であることを前提に雇用された労働者(研究者)である。そして、実際上も、その日本語の会話能力はせいぜい日常会話程度で、読み書きの能力は全く期待できない。

このため、大学事務局においても、原告が入職して以降、原告に対して特に重要な事項を伝達する場合には、英語を用いて伝達し、あるいは原告が内容を理解するために事務局職員が英語で説明して支援する等の配慮をしていた。

また、原告において作成し、大学事務局に提出する必要のある事務的な書類についても、英語の書式が供され、原告は、それに英語で記入、作成、提出してきた(上記英語の書式は、大学事務局から、甲6のほか、様々な書式が供されていた)。

原告が勤務する平和研究所内での日常の会話も、英語が用いられることが多かった。日々の研究員間の会話は英語であったし、原告が、平和研究所の教授会に出席するについても、議題書等の配布資料については英語の訳文を逐一付した資料が交付されていた(甲7)。また、教授会の議事は英語で行われてきた。

ウ 以上の事情から、上記(1)のメール(平成26年度学外長期研修への申請者を募集するため教員各位に同時に伝達されたメール)については、特に英語訳も付されていなかったため、原告は、自分にとって重要な内容が含まれているものとは認識せず、特に関心も払わず、添付ファイルの内容に目を通すこともなかったものである。

 (3)大学事務局の職員からの勧誘

ア 原告は、2013年(平成25年)6月中に、用殿(ようどの)職員(事務局教務・研究支援室の事務担当職員)から、「サバティカルに興味はないですか」と声をかけられて、学外長期研修への応募を促された。

イ 一般に、大学・研究機関において 「サバティカル」(英: Sabbatical)とは、大学教員に与えられる研究休暇を指す言葉である。

すなわち、欧米諸国においては、数年間継続をして勤務した大学教員について、一定期間、大学における教育等の義務を免除されて研究等に専念することが認められる研究休暇制度(サバティカル)が導入をされている。米国では、ほとんどの大学においてサバティカルの制度が設けられている。6年ないし7年以上勤務しているテニュア取得の教員(終身雇用が保障された教員)に1年間の研究休暇が与えられるといったような形が通常である。有給の場合と無給の場合とがあるが、当該休暇中は、研究に努めることを除いて、大学に対する義務は基本的に存在せず、滞在する場所や、研究を行う機関・場所も本人の裁量に委ねられるのが通常である。

日本国内においても、「サバティカル」という語は、「大学教員などに、研究・休息などのため一定期間与えられる長期有給休暇」を指す語とされている(甲8。なお、甲9参照)。

なお、「サバティカル」(英: Sabbatical)の語源は、旧約聖書において、神が6日間かけてこの世界を作った後、休日とした7日目の日をSabbathとしていることに由来する。上述のとおり、6ないし7年以上勤めた大学教員にその資格が付与されるのが通例であるのも、この由来のためである。

ウ 米国での研究歴を有する原告においても、「サバティカル」とは、大学教員に与えられる長期の研究休暇であると理解していたから、用殿氏から「サバティカルに興味はないですか」と声をかけられて、学外長期研修への応募を勧誘された際にも、原告は、被告における学外長期研修は、米国の大学において一般に見られる「サバティカル」(研究休暇制度)であると理解・認識して用殿職員の話を聞いた。

 (4)平成26年度学外長期研修の申請

ア 用殿職員の話では、「サバティカル」の期間は、2014年(平成26年)4月1日から2015年(平成27年)3月31日までの1年間であり、7年以上被告に勤務している原告は、その応募資格を満たすとのことであった。

イ この話を受けて、原告は、「サバティカル」を取得し、その期間を、ケンブリッジ大学の権憲益(クオン・ヘオニク)教授との共同研究活動(研究プロジェクト(「Beyond the Korean War 」)に活かしたいと考えた。

前記第2の3(2)で述べたとおり、当時、原告は、ケンブリッジ大学の権憲益(クオン・ヘオニク)教授が主任研究員を務める上記研究プロジェクトに参加しており、かつ、権教授からは、かねてから、機会があれば、原告がケンブリッジ大学トリニティーカレッジ内の同教授の研究室に滞在して共同研究するよう誘われていた。

このため、原告は、用殿職員から学外長期研修への応募を促されたのを受けて、権教授に対し、自分が「サバティカル」が取得できたならば、その期間を利用して、権教授の研究室(ケンブリッジ大学トリニティーカレッジ内)に滞在して研究活動を行いたい旨を打診したところ、権教授もそれを快諾し、原告がケンブリッジ大学で研究活動を行うことができるように、権教授がその受入教員となると述べた。

かくして、原告は、「サバティカル」の期間を活用して、冷戦と朝鮮戦争をテーマとする研究を行うことを企図した。

また、あわせて、原告は、「サバティカル」の期間を活用して、従前から各国の研究者らの協力を得て行っていた、書籍の出版企画について、その準備(編集、執筆、出版の準備)を行うことを企図した。

ウ 以上の次第で、原告は、学外長期研修(当時は「サバティカル」と認識)に応募することとし、2013年(平成25年)6月末ころ、その申請書の中に、期間中に、ケンブリッジ大学の研究室に所属して、朝鮮戦争をテーマとする研究活動を行う予定であることや、研究業績となる書籍の出版準備活動を行う予定である旨を記載し、被告に提出した。

エ その申請書式については、大学事務局からは、英語訳の付されない日本語だけの書式しか提供されなかった。このため、当初、原告が自分で起案した申請書には不備が数多くあり、そのため、被告の大学事務職員(吉原由紀子)に、手直しを手伝ってもらい提出をした。

(5)韓国国際交流財団(コリアンファウンデーション)の支援プログラムへの申請

ア 上述のとおり、2013年(平成25年)6月末ころ、原告は、学外長期研修にかかる申請書を被告に提出したが、その後、同年7月下旬ころには、韓国国際交流財団(コリアンファウンデーション)において、韓国内での研究活動を対象に、研究活動費を助成するプログラム(「フェローシップ」と呼ばれる支援プログラム)への参加研究者を募集していることを知った。

この韓国国際交流財団は、韓国及び海外の高等教育機関、研究所ないし研究者に対して、各種助成事業を行っている韓国の財団であるところ、上記のプログラムは、2014年(平成26年)4月から同年8月までの期間内に実施される韓国内での調査研究活動を対象に研究活動費を支援するというものであった。

イ この点、原告が、当時企図していた研究活動(冷戦と朝鮮戦争をテーマとする研究)には、原告が、韓国の研究機関に所属して、韓国内で研究を行うことも有意義であった。

すなわち、当該研究の素材(文献や記録・資料類等)は、平和研究所内で調査するよりも、韓国の研究機関を利用して調査するほうが、より多く集めらる等、研究に資すると考えられた。

そこで、原告は、韓国国際交流財団の支援を受けて韓国内で研究活動を行いたいと考え、韓国中央研究院(THE ACADEMY OF KOREAN STUDIES 韓国の国立研究機関)の知己(Lee Wam Bom教授)に相談したところ、同教授からは、原告が客員研究員として同研究院で研究活動を行うことができるように、同教授が原告の受入教員となることについて了解が得られた。

ウ 以上の次第で、原告は、2013年(平成25年)7月末ころ、同財団の支援プログラムに対する申請書を提出した(甲10の1)。

 (6)韓国国際交流財団の支援プログラムへの応募は吉川所長から推薦状を得て行ったものであること

ア ところで、上記の韓国国際交流財団への申請に際しては、関連研究分野の研究者の推薦状、及びその所属する研究機関の指導者の推薦状を申請書に添付して提出する必要があった。

このため、前者については、原告は、バリー・シュウォルツ(ジョージア大学名誉教授。前記第2の3(1)参照)の推薦状を得て提出した。

また、後者については、所属長である吉川所長の推薦状を得て、それらを申請書に添えて提出した(甲10の1・末尾から4~3枚目がその写しである)。

イ  原告は、吉川所長から同所長の推薦状を得るについては、同所長の研究室を訪問して、直接、口頭で説明し、依頼をした。

これに対し、同所長は、「あなたは私の教え子ではないし、私のよく知る人物でもない。だから、あなたが、(推薦状を)起草して、私に見せてくれませんか。それを見て、気に入ればサインをします。」と述べた。また、同所長は「アメリカ人(アメリカの研究者)は、よくそういうやり方をしているじゃないか。」とも述べた。なお、吉川所長は、その年、2013年(平成25年)4月に、平和研究所の所長に着任したばかりで、それまで広島市立大学や同研究所に所属したことはなかった。

そのため、原告は、自ら、推薦状の文案を起草し、吉川所長に提出したところ、その後日、吉川所長より、同所長が直筆で推薦者としてサインをなした推薦状(甲10の1・末尾から4~3枚目)を受けることができた。

ウ 上記の吉川所長の推薦状には、その署名欄の直上に、下記のとおり、原告が韓国に滞在して研究を行う必要性が幾重にも記述されている(甲10の2)。

「研究計画によると、金教授は韓国内において見識の調査を行うものとされている。この課題のため彼女は地元に滞在することが必要になる。そうでなければ、費用はあまりにも高額となり、活動計画はあまりにも複雑なものとなるだろう。私の所属する大学では、JSTORのように広く普及した研究データベースのサービスが提供されておらず、分野の重要な文献にアクセスすることには制限がある。そして何にもまして、金教授は、この仕事を韓国で行うことで、日本では見つけることが困難な多くのもの、とりわけ韓国人のアイデンティティーや価値システムについての韓国人自身の分析を入手することができる。したがって、本研究計画を実施するためには彼女が韓国に滞在することが必要なのである。

署名: 吉川 元  日付: 2013年7月26日        」

 

 (7)学外長期研修決定通知と韓国国際交流財団の支援プログラムへの採用

ア 2013年(平成25年)11月11日、原告は、広島市立大学より、学外長期研修事業の研修派遣者に決定する旨の通知を受けた。原告の申請後、上記決定までの間、被告は、原告に対し、学外長期研修制度について、それが「サバティカル」(研究休暇)と異なる制度であることを一切、説明しなかった。学外長期研修中に、日本に帰国するについて、あるいは学外長期研修を行う場所を変更するについて、事前に大学の許可を受けなければならない制度である旨の説明も、被告からは、一切、説明がなかった。

このため、原告としては、「サバティカル」(研究休暇)の取得が認められたものと認識した。

また、同年12月ころには、韓国国際交流財団より、原告の申請した研究活動が同財団の支援プログラムに採用された旨の通知を受けた。

イ そこで、原告においては、「サバティカル」が取得できたものと認識し、その期間のうち、2014年(平成26年)4月から同年8月までは、韓国国際交流財団の支援を受けて、韓国中央研究院において研究活動を行いたいと考え、権教授(ケンブリッジ大学トリニティーカレッジ)もそれに賛成した。

また、2013年(平成25年)12月、韓国国際交流財団からの採用通知を受けた後、原告は、吉川所長に対し、同財団から採用されたので英国に行く前にソウルで研究するつもりであると述べたところ、同所長は「Good job 」(「ご苦労さん」)と述べた。

ウ かくして、原告は、2014年(平成26年)4月から同年8月までは韓国中央研究院において研究活動を行い、その後、渡英して、権教授の研究室(ケンブリッジ大学トリニティーカレッジ)において研究活動を行うこととした。

そして、同年4月から渡韓して(渡英せず)、韓国中央研究院において研究活動に勤しむこととなったが、それが後に非違行為として問題視されるなどとは夢にも思わなかった。

エ 原告は、学外長期研修決定通知を受けた後、同研修期間が開始するより以前である、2014年(平成26年)1月31日に、仁川空港(ソウル)とヒースロー空港(ロンドン)を往復するためのオープンチケットを大韓航空(コリアンエアー)のウェブサイトから購入している。

オープンチケットとは、その有効期間中であれば、搭乗を希望する便を任意に選択して利用できる航空券であるところ、原告が購入したのは2015年(平成27年)4月1日までの1年間を有効期間とする航空券である(甲11の航空券〔e-チケット〕に「Not Valid After 01APR15」と記載されているのは有効期間が2015年4月1日までのオープンチケットであることが表示されているものである。 )。

原告が、2014年(平成26年)1月31日において、かかるオープンチケットを購入したのも、韓国での研究活動が終了したならば、渡英するつもりで準備をしたものである。

なお、甲11のe-チケットでは、往路(仁川発・ヒースロー着)について同年4月1日の便が予約されているところ、これは、大韓航空のウェブサイトでe-チケットを購入するには、オープンチケットを購入する場合においても、いったんは往路の利用便を適宜に特定して予約しなければ購入できないシステムとなっているため、同日の便を特定していったん予約したという事情によるものであり、実際に同日のヒースロー行きの便に搭乗するために予約したわけではない。オープンチケットの購入に際して予約した便は、購入と、その予約を取り消して、有効期間中の任意の日の予約に振り替えることが可能であり、これはオープンチケット利用者にとっては常識である。

 (8)大学職員も吉川所長も学外長期研修のことを「サバティカル」と呼称し続けていたこと等

ア 大学事務局において学外長期研修の担当職員は湯出原職員(前記第3の2(1)のメールを送信した職員)であったところ、同職員は、その後、体調不良のために出勤できなくなった。

このため、学外長期研修が始まる2014年(平成26年)4月までの間、原告は、一度も、湯出原職員と対面することはなく、同職員から学外長期研修に関する説明を受けることはなかった。

イ  また、他の事務局員らにおいては、学外長期研修制度に詳しくなく、例えば、原告においては、学外長期研修(当時は「サバティカル」と認識)の期間中、日本国外で傷病にみまわれた場合の医療保険の取扱いなどについて事務局に説明を求めたが、上述のとおり、湯出原職員が不在であっため、事務局員の中には、それを説明できる職員はいなかった。

ウ そして、既に述べたとおり、原告は、学外長期研修の申請書の作成・提出について事務局職員のサポートを受ける等、幾度か、学外長期研修について事務局職員と会話をしたが、学外長期研修が始まる2014年(平成26年)4月以前のそうした会話において、事務局職員らは、いずれも、「学外長期研修」のことをを「サバティカル」と呼称していた。また、原告も「サバティカル」と呼称していた。

被告において学外長期研修が新しく創設されて間もない制度であったこと、平和研究所において、学外長期研修者に選ばれたのは、原告が最初であったことから、事務局職員らにおいても、被告の学外長期研修制度と「サバティカル」の異同について、当時は特に留意しておらず、原告に説明することがなかったものと思われる。

エ 学外長期研修に係る応募要領や、関係する規程類について、英語訳が付された資料が原告に提供されたことも一切なかった。また、原告は、同研修期間中に原告が遵守すべきルールが存することについて、被告の職員から解説を受ける機会もついにないまま、原告の学外長期研修は始まった。

オ 原告の上司である吉川所長においては、2013年(平成25年)6月中に、原告に対し、複数回、原告が同研修の申請を行ったか否かを問うてきたが、その際、吉川所長も「学外長期研修」のことを「サバティカル」と呼称していた。

さらに、同年12月に行われた、平和研究所の忘年会の席においては、吉川所長は、原告に対し、吉川所長自身の「サバティカル」体験について語り、ロンドン大学でサバティカルの期間を過ごしたことや、ヴィヴィアン・リーの主演した映画「ウォータールー橋」を見て、ロンドンを滞在地に選んだこと等を語った。

吉川所長においても、当時は、同所長自身が、被告の学外長期研修制度と「サバティカル」の異同を知らなかったか、少なくとも、その異同に特に留意していなかったものと思われる。

  3 小括

   以上のとおり、学外長期研修において、原告が、2014年(平成26年)4月1日以降、英国には一度も赴かず、韓国の研究機関において調査研究活動に勤しんでいたことは事実である。

その理由は、原告においては、自分が被告に申請し認められた制度を、サバティカル(研究休暇制度)であると誤認して行動していたためである。

また、韓国の研究機関において研究活動を行うことについて、原告は、その所属長である、吉川所長においても承知し、了解しているものと認識しており、無断で韓国に滞在していたという認識ではなかった。

 

第4 学外長期研修開始後、それが中止されるまでの経過  

 1 韓国中央研究院における研究活動(2014年〔平成26年〕4月1日から同年8月末まで)

(1)原告は、2014年(平成26年)4月1日から同年8月末まで、韓国中央研究院(THE ACADEMY OF KOREAN STUDIES 韓国の国立研究機関)において、予定したとおりの研究活動に勤しんだ。

(2)ア すなわち、前記第2の3(2)で述べたとおり、権教授が主任研究員を務める研究プロジェクト「Beyond the Korean War 」(邦訳すると「朝鮮戦争を超えて」)は、朝鮮戦争(その背景要因が東西冷戦にあったことは周知の事実である)を回顧する研究であり、原告は、権教授から、日本人・日本社会との関わりという視点をもって研究するよう提案を受けていた。

このため、原告は、「田内千鶴子」の人生を研究することとし、学外長期研究期間を通じて、その研究に邁進した。

「田内千鶴子」は、高知県に出生後、朝鮮総督府の官吏であった父に伴って朝鮮半島に移住した日本人である。第二次世界大戦後は日本人であるゆえに周囲から迫害を受け、また、朝鮮戦争で夫を失うという境遇にありながら韓国の孤児院の運営に尽力し、多くの戦災孤児を育てた人物として知られている。その功績は日韓両国で高く評価されており、原告もかねてから関心を抱いていた。なお、田内の人生は映画化されており(「愛の黙示録」主演:石田えり)、小渕総理大臣がその映画を「これからの日韓文化交流の出発点」と評し、また、韓国政府もその映画を日本大衆文化解禁認可第一号としたことなどから、「田内千鶴子」の業績は日韓親善の象徴として紹介されることも多い。

イ さらに、原告は、学外長期研修の期間を通じて、従前からの研究活動の成果を結実させるものとして、書籍(原告が執筆者と編集者を務める書籍)として出版するための準備にも邁進した。

 2 ソウル大学における研究活動(2014年〔平成26年〕9月以降)

(1)既述のとおり、原告は、渡韓した当初は、2014年(平成26年)4月から同年8月まで韓国中央研究院において研究活動を行い、その後、渡英して、権教授の研究室(ケンブリッジ大学トリニティーカレッジ)において研究活動を行うこととした。

もっとも、その後、ケンブリッジ大学における原告の受入教員となる予定であった権教授において、秋学期(同年9月から同年12月まで)にソウル大学の客員教授を務めることなり、そのため権教授も上記の期間は韓国に滞在することとなった。

かかる事情から、原告は、同年9月以降も引き続き韓国に滞在して、権教授の赴任するソウル大学において研究活動を継続して欲しい旨の要請を権教授から受けた。

そのため、原告は、権教授の要請に応じ、同教授の推薦によりソウル大学アジアセンターの客員研究員の地位を得て、韓国で研究活動を続けることとなった。

(2)以上のとおり、同年9月以降も、原告は韓国に滞在して、ソウル大学の客員研究員として、従前の研究(「田内千鶴子」の研究や書籍の出版準備のための諸活動等)を継続することとなった。

 3 2014年(平成26年)12月11日に広島空港で吉川所長らと遭遇したこと

(1)2014年(平成26年)11月末ころ、原告は、新潟日報社と駐新潟大韓民国総領事館が共催したシンポジウム(「日韓交流フォーラム」)にパネリストとして招かれ、同シンポに参加するために日本へ一時帰国した。

そして、同シンポのために同年12月初旬まで新潟に滞在した後、松江市まで鉄道で移動し、同市内で行われた大韓民国大使館主催の勉強会に参加した(なお、原告は、この勉強会を企画した研究グループのメンバーであった。)。

その後、松江から広島に移動し、同年12月11日に広島空港から渡韓した。

(2)原告は、上記のとおり同年12月11日渡韓するために広島空港に赴いたところ、平和研究所の水本副所長、及び孫准教授らの姿を目にし、偶然にも、久しぶりに同僚と会ったことを嬉しく思い、同人らに声をかけ、互いにあいさつを交わすなどした。

さらに、そこへ、吉川所長も到着したため、原告はあいさつを交わそうとしたが、吉川所長からは、唐突に「事前許可なしになぜ広島に戻っているのか?」と言われた。原告は、その質問の趣旨、意図を理解できなかったため「事前許可とは何ですか?」と吉川所長に尋ねた。けれども、吉川所長から、それに対する返事はなかった。

原告は、このような吉川所長の様子を怪訝に思った。ただ、吉川所長には、原告の学外長期研修が開始する以前から、原告のことを忌々しく思っていることを隠さない言動があった。このため、原告は、予期せず自分が姿を現したことが吉川所長は不愉快なのだろうと考えた。実際、他の教員らとは異なり、吉川所長の態度はかなり無愛想であった。

吉川所長らは、韓国の世宗大学(セジョン大学)を訪問するために、原告が搭乗するのと同じ便の飛行機にて渡韓する道中であり、飛行機の出発時刻まで一緒にカフェでコーヒーを飲もうという話になったが、吉川所長は自分は土産店に行くと言い、孫准教授もそれに同伴した。

その後、原告は、土産店から戻った吉川所長と再び顔を合わし、その際、吉川所長に対し、自分が新潟でのシンポジウムに参加して韓国へ帰る道中であること、新潟からは鉄道を利用して移動したが、その車窓から見た海の景色が素晴らしかったことなどを話した。これに対して、吉川所長は、「それはお金と時間を持つ人だけが体験できることだ」とだけ述べた。

そして、吉川所長らと原告は、同じ便に搭乗し、仁川空港に到着後、到着ロビーで再び対面した。その際、孫准教授は、原告に対し、「レンタカーを借りていて、4人まで乗れるから金先生も一緒に行きましょう」と述べて誘った。そうしたところ、それを聞いた吉川所長は、急に血相を変え、慌てた様子で原告と孫准教授の会話に割って入り「それは絶対にだめだ」と強い口調で述べた。この吉川所長の様子を見て、原告は、不審に思いながらも、「私は大学でやるべきことがあるから」と述べて孫准教授の誘いを断った。そうしたところ、吉川所長は、原告に対し、「事故にあわないように気をつけて」と述べた。

かくして、原告は、吉川所長らとは別れて、独りで、寄宿先(ソウル大学の近く)に戻ったが、この日の吉川所長の言動は、奇妙で不審なものとして原告の印象に残った。

 4 大学事務局職員からのメールに嘘の回答をしてしまったこと

(1)それから間もなく、同年12月24日、原告は、大学事務局の用殿職員から、突然に、

“ Where are you?

You ran into the HPI people at the Hiroshima Airport、didn’t you?”

という英文のメール連絡、(「あなたはどこにいるのか?広島空港で平和研究所の人たちに会いましたね?」旨のメール連絡)を受けた。

そのメールの文章は、上記のとおり、あいさつの言葉もなく、詰問調のツーセンテンスで原告の居所を問い質すものであった。

(2)用殿職員は極めて高い英語力を有する職員であり、原告は、それまで何年もの間、用殿職員から支援を受けて平和研究所に勤務してきたが、同職員の応対はいつも、とても親切でフレンドリーなものであった。

原告は、その用殿職員が、挨拶の言葉もない、たった二つのセンテンスのメールを送信して原告の所在を問うてきたことに当惑した。また、上記のとおり、広島空港で吉川所長らと遭遇したことに言及するメールであったことから、あわせて、空港での吉川所長の奇妙な態度や、「事前許可なしになぜ広島に戻っているのか?」という発言を思い起こした。そして、自分が、大学側に連絡することなく、日本に戻っていたことを、大学が非難していることは察せられたが、それが何故であるか理解し難かった。

(3)また、“ Where are you? ”と問い質されていることから、自分が、今、韓国にいることも非難の対象とされているように感じた。原告は、学外長期研修の申請書の中に、ケンブリッジ大学において研究活動を行う旨を記載して提出したことはもちろん憶えていたが、「サバティカル」の期間であるため、自分が取り組む研究の都合を優先して研究する場所を随時に変更することは自由であるはずで、何故、居所が問題とされるのかも理解し難かった。また、まるで自分が研究活動をサボっているかのように大学側に疑われているようにも感じ、不本意であった。

実際、2014年(平成26年)4月に学外長期研修が開始された後、用殿職員から上記メールを受け取るまでの間、原告は、大学側から、自分の居所はもとより、自分の行動に関して報告を求められたり、確認されたりしたことは一度たりともなかった。原告としては「サバティカル」の期間中であるため、それは当然のことと受けとめていた。

ただ、大学側が、上記のメールで、原告がどこに居るのかを問題視し、それを問い質していることは明らかであったため、自分が英国ではなく、韓国に居ると回答してしまうと、さらに大学側から不本意な疑いを受けるおそれがあると考えた。

(4)また、当時、原告は、権教授から、同教授が同年12月下旬には、韓国を離れ、クリスマスと年始はベルギーに住む家族と一緒に過ごし、それからケンブリッジ大学に帰る予定だと告げられていたため、原告においては翌2015年(平成27年)1月中に、渡英し、それ以降は権教授の研究室で過ごそうと考えていた。

そのため、原告は、大学に対して、自分が英国にいる旨を回答すれば事なきを得るだろうと安易に考え、用殿職員に対し、その旨のメールで回答してしまった。

まさか、それを契機に、職を追われ、学者人生を断たれる処分を受ける事態が始まることになろうとは夢にも思わなかった。

5 結局は渡英を決断できないまま韓国での活動状況を報告し続けることとなった経過

(1)上述のとおり、原告は、大学事務局に対して、自分は英国に居ると嘘の回答をしてしまった。

そうしたところ、間もなく、大学事務局から、事務局が準備したエクセルの表に、毎日の原告の行動を全て記入し、それを毎週、メールで送信するよう命じられた。

これにより、原告は、例えば、起床した、コーヒーを飲んだ、電子メールをチェックした、書籍を読んだ、散歩した、文章を書いた等々の、日々の行動の全てを、上記エクセルの表に記入して報告し続けることとなった。

ところが、翌2015年(平成27年)1月になり、予定どおり渡英するとなると、ソウルからロンドンまで12時間も飛行機に搭乗しなければならず、その場合、研究活動を含む日々の行動を仮装して大学に報告するか、それとも飛行機に搭乗してロンドンまで移動したすることをありのまま大学に報告するか、いずれかになるところ、原告は、研究活動そのものについて嘘を報告することには抵抗感が強く、かといって「英国にいる」という嘘が露見してしまうことにも抵抗感が強く、結局、渡英の決断ができないまま、韓国での、活動状況を報告し続けることとなった。

(2)原告は、用殿職員から2014年(平成26年)12月24日に前記メール(“ Where are you?…)を受けて間もなく、用殿職員と幾度かメールをやりとりしているが、下記の内容の記載された英文のメールについては、用殿職員と吉川所長に同時に送信している。

① 私は、12月11日に吉川教授たち皆さんと広島空港で出会った際、「サバティカル」の期間中であっても事前に許可なしに日本に戻ることは想定されていない旨の吉川教授の発言を聞いて、本当にとても驚きました。私は、これまでに、様々な国々の、様々な同僚たちから、そのようなルールを聞いたことが一切ありません。そのルールは日本で一般的なのでしょうか?それとも広島市立大学が独自に実施しているものでしょうか?サバティカルの教員は、サバティカルの期間中、自由に学会に参加し、自由に会議を行い、自由に様々な場所や国に行ってデータ収集を行います。私は、そのルールに合理性があるのか疑問に思っています。

②  私は、正直なところ、日本に戻るのに事前の許可が必要なことを含めたルールを知りませんでした。私は、誰からも、そのようなルールについて聞いた事が全くなかったからです。吉川所長とあなたに心配をおかけする事態を生じ、大変、申し訳なく思っています。

 

さらに、原告は、翌2015年(平成27年)1月9日、青木理事長宛ての英文の書簡を作成し、それを大学職員宛てのメールに添付して送信し、提出しているところ、原告は、その書簡にも、上記のメール文書(用殿職員と吉川所長に同時に送信したメール文書のデータ)を貼り付けて提出している。

 

(3)けれども、結局は、同年1月29日、原告は、大学事務局からのメールで、原告の学外長期研修の中止が決定されたことを告げられ、あわせて同年2月15日までに帰国するよう命じられ、同年2月12日、日本に帰国することとなった。

 

第5 本件懲戒事由②にかかる事実関係について

   -「研修状況の報告等を求めた際、大学に対し、パスポートコピーや他人の署名入り書簡、韓国の出入国記録証明書を偽造して提出する等して、『イギリスに居た』と虚偽を報告し続けた。」について-

 1 事実関係の認否

いずれも事実であるが、以下の理由と経過によるものであり、原告が望んで行ったことではない。

2  帰国後の調査に対し原告が「英国で研究していた」旨の嘘を報告し続けた理由と経過について

(1)原告は、以下の理由から、吉川所長は、原告が韓国で研究活動を行っていたことは、当然、知っているものと確信していた(現在でもそう確信している。)。

① 吉川所長は、原告が韓国で行う研究活動につき韓国国際交流財団からの研究支援を受けるについて、推薦状の作成に応じている。

② 韓国国際交流財団からの採用通知を受けた後、原告は、吉川所長に対し、同財団から採用されたこと、英国に行く前にソウルで研究するつもりであることを述べたのに対しても、同所長は「Good job 」(「ご苦労さん」)と述べている。

③ 広島空港で遭遇し、同じ飛行機に搭乗して韓国に赴いた際にも、吉川所長から「事前許可なしになぜ広島に戻っているのか?」との発言はあったものの、「事前許可とは何ですか?」との原告の問いに対しては何も発言もなかった。また、原告が、英国ではなく、韓国に居ることについて何らの疑問も口にせず、「英国」について言及する発言はひと言もなかった。

 

ところが、2015年(平成27年)2月12日に原告が帰国するまでの間、吉川所長は、原告が韓国で調査研究活動を行っていることを大学側に話していなかった。

 

(2)原告は、同年2月12日に帰国して間もなく、用殿職員から、被告の学外長期研修で原告が遵守すべきであったルールについて口頭で説明を受けた。

また、その後、原告は、吉川所長に伴われて青木理事長と面談し、青木理事長から、大学から事前に許可を受けずに日本に一時帰国していたことを咎められ、「金先生が大学のルールを破ったから、平和研究所の他の先生方に長期研修の機会を与えることができなくなる」とも言われた。

原告としては、誰からも説明を受けた憶えもない「ルール」を「破った」と咎められるのは不合理だと考えたが、自分の行動の結果、平和研究所の他の教員に不利益が生じるのは絶対に避けなければならないと考えた。

また、そこに同席している吉川所長も、原告が韓国で研究活動を行っていたことを知っているのに、何も語らずに黙したままであった。原告は、吉川所長のその対応を見て、原告が韓国で調査研究活動を行っていたことが明らかになれば、同所長自身や、平和研究所の他の研究者らにも累が及ぶことになるため、真実を語るつもりはないのだと考えた。

そして、平和研究所の責任者である吉川所長が、そうするのであれば、自分も「ルールを破った」と咎められるのは甘受し、同時に、「英国で研究していた」と嘘をつき続けることが、自分や吉川所長の立場も守るために、かつ、他の研究者らに累が及ぶことも防ぐために最善の選択であると決意し、真実は韓国に滞在していたことを明かさなかった。

(3)そして、青木理事長との上記面談後、間もなくして、原告は、大学事務局から、原告の学外長期研修の成果の概要を記した報告書を提出するよう求められ、実際には韓国に滞在して研究を行った成果の内容を、英国(ケンブリッジ大学)で行った研究の結果であるとして報告書を作成・提出した。また、韓国の知人に依頼して入手した、自分のパスポートのコピーに不真正な英国ヒースロー空港の入国スタンプの印影を付けたもの等を被告に提出した。

(なお、本件懲戒事由②のうち、不真正な韓国の出入国記録を提出した件は、さらに翌2016年〔平成28年〕3月及び4月になってからの事であり、その経過については、後記第8の1に述べるとおりである。)。

(4)同年2月24日、吉川所長から、大学に対し、原告の無断帰国について寛大な取扱いを求める旨の文書が提出された。

 

第6 本件懲戒事由③にかかる事実関係について

   -「さらに、偽造した搭乗券コピー等を提出の上、イギリスの往復旅費34万4174円を不正に受給した。」について-

 1 事実関係の認否

これも事実であるが、原告が望んで行ったものでないことは次に述べるとおりである。

2  旅費を請求・受給した経過

原告は、上述のとおり、2015年(平成27年)2月、学外長期研修の成果の概要を記した報告書等を提出し、その後、用殿職員から英国への渡航に要した旅費を請求するよう求められたが、直ちには提出しなかったところ、複数回、請求するよう声をかけられた。

また、吉川所長においても、原告に対し、複数回、原告が航空運賃の請求を行ったか否かを尋ね、都度、原告は行っていないと答えた。さらに、吉川所長は、原告に対し、「日本では、会計年度は3月末に終わるので、時間がない」とも述べ、速やかに請求するよう求めた。

こうした状況で、原告は、事態を終息させるには自分が旅費を請求するほかないと考え、同年3月中に、用殿職員に対し、実際には使用しなかったオープンチケット(甲11。前記第3の2(7)エ参照)にかかる領収書を提出して旅費を請求した。また、韓国の知人を通じて、偽造された搭乗券の半券のコピーを入手し、それも提出した。

 3 金員の受給について   

(1)原告が上記請求した旅費は、実際には搭乗しなかった飛行機の代金分も含めて、2015年(平成27年)4月30日に、被告から、原告名義の預金口座に振込送金されているが、原告はそれには気がついてさえおらず、後述するように2017年(平成29年)3月の逮捕・勾留中に、安佐南警察署の刑事から自分の預金通帳の記録を見せられて初めて認知した(甲12・預金通帳の平成27年4月30日付け「412,361円」の振込送金に不正受給分の34万4174円が含まれているとのことであった。)。

(2)付言するに、原告は、上記刑事から、原告が提出した搭乗券の半券のコピーを見せられて、「ここのプリントは大きいですが、ここのプリントは小さい。こっちにはインチョン(仁川)とあるが、こっちにはソウルとある。」、「日本の組織は、通常は、このようなものは受け容れない」、「あなたは、はめられたとは考えていないのか?」と述べられ、初めて、自分が提出した搭乗券の半券のコピーが不自然なものであることに気がついた。

また、上記刑事は、原告が大学に提出したパスポートのコピー(ヒースロー空港の入国スタンプ様のスタンプが押されたもの。前記第5の2(3)参照)も示したうえ、「これが本物には見えますか?あなたは本当の英国の入国スタンプを見たことがありますか?」などと述べた。

 

第7 2015年(平成27年)4月から同年11月までの経過

  1 学外長期研修報告会での報告

2015年(平成27年)4月10日、大学の主催で学外長期研修報告会が学内の講堂で開かれ、原告も報告者の一人として登壇した。

そして、大勢の教員らが聴講する中、約90分間にわたり、期間中に実際に行った研究活動(前記第4の1、同2参照)の成果として、「田内千鶴子」の人生やそれに対する日韓での評価などをパワーポイントの資料を用いて詳細に報告した。また、原告が編集を務める書籍「Routledge handbook of memory and reconciliation in East Asia」も近い将来、出版される予定となったことを報告した。

その際、原告は、研究内容について偽りを報告したくなかったため、「田内千鶴子」の研究が、権教授が主任研究員を務めるケンブリッジ大学の研究プロジェクト(「Beyond the Korean War 」)の一環としても行われたものであることは報告したが、実際に研究を行った場所については言及を避けた。

ただ、司会者からは、原告につき、英国に滞在していた旨の紹介がなされたため、後日、原告は、原告の報告を聴いた教員の感想として「報告内容そのものは韓国で行った研究のように思われ、英国での研究ではないように思われる」との感想を聞いた。

上記報告会には、青木学長(被告の理事長)、若林副学長(同副理事)、塩田 前事務局長(本件懲戒解雇当時の事務局長)らも出席し、他の大勢の教員らとともに原告の報告を聴講していた。

この報告会では、原告は、吉川所長に対し、研究を助けてもらったことについてお礼の言葉も述べた。

  2 無断帰国についての口頭厳重注意 

同年4月20日、原告は、青木理事長から、長期海外研修中に無断で一時帰国したことについて口頭で厳重注意を受けた。

原告は、これにより、事態が終息し、研究に戻ることができると思い安堵した。

そして、同年10月には、長期海外研修の期間中を通じて編集、執筆等の準備を進めてきた書籍「Routledge handbook of memory and reconciliation in East Asia」が出版された。

 

第8 2015年(平成27年)12月から本件懲戒解雇の通告(2017年〔平成29年〕3月17日付け)までの経過

  1 被告による再調査の開始

(1)原告は、2015年(平成27年)11月下旬、准教授から教授への昇進審査を受けるための資料を被告に提出したところ、同年12月1日、原告は吉川所長に呼び出され、「あなたは私の教え子でもないし、知り合いでもないから、私はあなたの昇任を勧められない。」と言われた。

(2)同年12月上旬、原告は、吉川所長に呼び出されて所長室に赴いたところ、そこには用殿職員も含め2名の事務局職員もおり、原告は、同所長から、原告が昇進審査のために提出した上記資料の中に原告が学外長期研修中に韓国に滞在していた旨の記述があったため、大学側が、調査を再開する旨が述べられた。

(3)2016年(平成28年)1月8日、吉川所長は、青木理事長の指示として、原告に対し、原告のパスポート(原本)を大学に提出するよう命じられた。

韓国での出入国においては、スタンプによる記録がパスポート上には残らないシステム(自動入退出記録システム)が導入されているため、パスポートの記録から韓国への滞在を確認することは不可能であったが、原告は、日本において外国人である自分がパスポートを取り上げられることに激しく動揺するとともに、強い屈辱を感じざるを得なかった。

また、吉川所長が、自分を擁護する気がない事を知り、がく然とすると同時に、パスポートの取り上げという違法・不当な取扱いを強いる吉川所長や、大学当局に対し、強い怒りを覚え、パスポートの提出には抵抗をした。

(4)けれども、同年1月12日、原告は、原告の下を訪れた大学職員にパスポートを取り上げられてしまった。

そして、そのパスポートは、翌日の夕方前ころまで原告に返却されなかった。

原告は、パスポートを取り上げるという大学当局の仕打ちは、人権侵害をも厭わない異常なものであり、容認し難いという気持ちを抱かざるを得なかった。

(5)その後、同年2月15日、原告は青木理事長から、原告において、原告の出入国記録(日本と韓国の両国における原告の出入国記録)を両国の行政当局から入手して提出するよう命じられた。

これに対して、原告は、同年3月24日、原告の日本における出入国記録を提出したが、韓国における出入国記録については、先にパスポートを取り上げられたことへの怒りの感情から、素直に提出する気持ちにはなれなかった。そのため、大学側の調査手法に対して抗議、抵抗する意図で、大学側がチェックをすれば内容を偽ったものであることが容易に露見する内容の出入国記録(出入国日の辻褄が合わない記録)に改ざんした資料を二度、敢えて大学に提出した(同年3月31日及び同年4月12日)。

(6)同年6月1日、原告は、青木理事長から、同理事長と塩田事務局長(当時)、他に2名の男性大学職員のいる部屋に呼び出され、大学職員と一緒に韓国総領事館へ赴いて真正な韓国の出入国記録を入手、提出するよう命じられた。

これに対し、原告は「私は吉川所長が全てを知っていると述べているのにそれは無視されている。私は大学側が公正な調査をするとは信用できないので警察を呼んで調べてください。」、「私は、当初から伝えてきたとおり、学外長期研修のルールを知らなかった。誰もそれらのルールを私に説明しなかった。私がミスを犯したのは単純な誤解からです。それなのに大学側は、そんな私の誤解をずっと責め続けている。」と述べて拒んだ。

けれども、青木理事長らから、あくまで真正な韓国の出入国記録を提出するよう求められ続けたため、原告においても、これ以上、子どもじみた抵抗を続けたところで意味がないと思うに至った。そして、青木理事長から、「必ず公正で中立的な調査を行う。それが必要と判断されれば吉川所長を処分する。」と言われたため、その言葉を信じるしかないと思い、遂には求めに応じる旨を述べた。

(7)そして、同年6月3日、原告は用殿職員と古河職員と共に韓国総領事館を訪れ、原告において出入国記録を入手し、それを古河職員に手渡し、それ以降は、英国に滞在していた旨の従前の報告が事実ではなく、学外長期研修期間中を通じて韓国の研究機関において研究活動を行っていたことを認めるに至った。

また、同日、原告は、被告に対し、青木理事長宛の手紙を提出して、吉川所長においては原告が韓国に滞在して研究活動を行うことを承知、了解していたことを訴えると共に、その手紙に添えて、韓国国際交流財団に提出した申請書及び吉川所長が署名した推薦状のコピー(甲10の1)を提出した。

  2 その後の調査への原告の対応と被告の対応

(1)被告においては、2016年(平成28年)7月12日に、原告の学外長期研修に関する調査委員会を設置した。

(2)その後、原告は、同年9月12日、塩田 前事務局長ら7名の大学事務局スタッフから5時間以上にわたる取調べを受けた。

ア その中で、原告は、学外長期研修期間中に、英国に滞在していたと嘘をついていたこと、英国に滞在していたことを仮装するために不真正な資料を大学に提出したことを認め謝罪した。

イ あわせて、原告は、① 英国に赴かず、韓国で研究したのは、学外長期研修を「サバティカル」と誤解していたためであること、② 学外長期研修において自分が遵守すべきルールについて事前に十分な説明を受けていなかったこと、③ 韓国で研究活動を行うことについては、吉川所長においても承知し、了解しているものと認識しており、無断で韓国に滞在しているという認識ではなかったこと等を弁明した。

しかしながら、塩田 前事務局長は、これら原告の弁明はいずれも嘘だと決めつけ、また、韓国国際交流財団に提出した吉川所長の推薦状の署名については原告が署名を偽造したものだろうと疑い、原告にその偽造を認めるよう迫った。

これに対し、原告は、推薦状の署名は、間違いなく吉川所長の手によるものであることを繰り返し述べたが、ついに、聞き入れられることはなかった。

(3)その後、被告は、2017年(平成29年)1月17日に教員懲戒審査会の設置を決定した。

また、被告は、同年2月7日、原告に対し、旅費の不正受給分の金員(前記第6の34万4174円)を支払うよう求めた。そして、同年2月15日、教員懲戒審査会に出席して、上記(2)イ①~③と同旨の弁明を行うとともに、同日、上記不正受給分の金員全額を被告に支払った。

もっとも、後に判明したところによれば、被告は、同年1月20日(教員懲戒審査会の設置を決定した直後)に、原告を刑事告訴することについて安佐南警察署に相談し、同年2月15日(原告が教員懲戒審査会にて口頭で弁明をした当日)に刑事告訴することをその内部で決定し、同年2月22日、原告を、詐欺罪、私文書偽造罪、及び同行使罪で刑事告訴した。

  3 逮捕・勾留を経て、釈放された当日に本件懲戒解雇がなされたこと

(1)逮捕・勾留

原告は、2017年(平成29年)3月6日、安佐南警察署に詐欺罪の容疑で逮捕され、同月8日から同月17日まで勾留され、同月17日、起訴猶予処分を受けて釈放された。

原告は、上記の勾留中の安佐南警察署での取調べにおいて、韓国国際交流財団に提出した吉川所長の推薦状の署名について、吉川所長の自筆によるものであることを同所長が認めていることを、取調べを担当した刑事から聞かされて初めて知った。

(2)本件懲戒解雇

被告は、2017年(平成29年)3月17日、原告が釈放される以前である午前9時ころ、原告の刑事弁護人に対し「金先生にお渡ししたいものがある」旨を電話連絡し、原告が釈放された後、同日の午後、被告の古河職員及び用殿職員において原告に面談し、同職員らにおいて本件懲戒解雇を通告した。

 

第9 本件懲戒解雇が無効であること

 1 労働契約法15条

労働契約法15条は、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と規定している。

そして、上記規定の適用にあたっては、労働者の行為の性質及び態様その他の事情(以下「性質・態様等」と略記する。)」、すなわち当該労働者の態度・動機、業務に及ぼした影響、損害の程度のほか、労働者の情状・処分歴などに照らし判断する必要がある。

  2 本件懲戒事由①について

本件において、「平成26年度学外長期研修者として、平成26年4月1日からケンブリッジ大学(イギリス)において研修を行わなければならないところ、無断で韓国等に滞在し、イギリスへは一度も行っていなかった」(本件懲戒事由①)のは事実である。

(1)しかしながら、既述のとおり、それは原告において「サバティカル」(長期研究休暇)の取得を認められたものと誤認していたがためである。

そして、かかる誤認が生じたのは、

(ⅰ)被告が、学外長期研修において原告が遵守すべきルールにつき、原告に直接説明する機会を全く設けなかったこと、

(ⅱ)原・被告間の労働契約は、原告が日本語能力を有することを条件に締結されたものではなく、実際上も原告には十分な日本語能力が備わっていないにもかかわらず、学外長期研修において原告が遵守すべきルールについて、英語を用いた説明が全くなされなかったこと、

(ⅲ)被告の職員や上司である吉川所長が、原告との会話において、学外長期研修を「サバティカル」と呼称していたこと、

が寄与している。

また、原告は、韓国国際交流財団(コリアンファウンデーション)のフェローシップに研究支援を申込むについては、その直属の上司である吉川所長に依頼をして、その推薦状に署名をもらう等していることから、韓国の研究機関において調査研究活動にあたることについては、その直属の上司である吉川所長においても承知し、了解しているものと認識しており、無断で韓国に滞在していたという認識ではなかった。

ところが、被告においては、原告の上記の弁明が、いずれも信用できないもの(虚偽の弁解)であるとの誤った前提で本件懲戒解雇を行っており、本件懲戒解雇は、労働者の態度・動機の評価を大きく誤っている

(2)また、原告は、学外長期研修を申請するにあたり、期間中に予定しているとした研究について、その期間中、誠心誠意、研究に努めている。そして、当該研究活動の一環として行われた執筆活動や、編集活動の成果として、海外からも高い評価を受ける書籍を出版するなど成果も上げている。

したがって、本件懲戒事由①が業務に及ぼした影響、損害の程度において殊更に深刻な問題ものがあったと評価すべき事情はない。

にもかかわらず、被告は、原告が、研究にあたる場所の変更を被告に届けていなかったという一事をもって、あたかも、原告が、学外長期研修中にその職務に専念せず、職責を怠っていたかのように誤って評価し、本件懲戒解雇を行っている。

  3 本件懲戒事由②及び③について

(1)次に、原告が「研修状況の報告等を求めた際、大学に対し、パスポートコピーや他人の署名入り書簡、韓国の出入国記録証明書を偽造して提出する等して、『イギリスに居た』と虚偽を報告し続けた」ことや(本件懲戒事由②)、「偽造した搭乗券コピー等を提出の上、イギリスの往復旅費34万4174円を不正に受給した」こと(「本件懲戒事由③)については、原告において、非難されるべきものであり、猛省すべき点があることは認める。

もっとも、原告が虚偽の報告を続けることになったのには、前記第4の5(2)で述べたとおり日本への一時帰国が問題とされた当初より、日本に戻るについては事前の許可が必要であるとのルールを認識しておらず、それは、そのようなルールについて誰からも説明を受けたことがなかったからである旨を弁明していたにもかかわらず、前記第5の2(2)で述べたとおり青木理事長においては、その弁明を一切、考慮することなく原告の一時帰国を咎め、さらに、原告のみならず、同僚の教員らにも不利益が生じる可能性に言及し、同時に、原告が韓国で研究を行っていたことを承知しているはずの吉川所長においてもそれを大学側に明かさなかったという事情もある。

すなわち、原告は、上記の経過から、自分も「ルールを破った」と咎められるのは甘受し、同時に、「英国で研究していた」と嘘をつき続けることで、自分や吉川所長の立場も守り、かつ、他の研究者らに累が及ぶことも防ぐこともできると考えて真実は韓国に滞在していたことを明かさなかったもので、意図的、計画的に、不正な行為を行ったものではなく、つじつまを合わせて嘘を取り繕うためにした工作というもので、その行為の態様は非難を免れ得ないものであるとしても、悪質性が極めて高いと評価するのは相当でない。

(2)また、旅費の不正請求・不正受給についても、金員の領得それ自体を積極的に意図して行ったものではなく、それまでの報告の真偽を疑われないようつじつまを合わせるためにした工作と評価されるべきもので、意図的、計画的な金員詐取行為とは、その悪質性に大きな差異があるというべきである。この点については、被告においても、本件懲戒解雇につき、2017年(平成29年)4月17日、学内の教員らを対象に行った説明会において、植永事務局次長をして、「調査あるいは審査、審議に携わった先生方、数多くいらっしゃると思いますけども、詐欺事件という認識は殆どないかと思っております。」と表明している。

既述のとおり、原告は、同年2月中に旅費の不正受給分の金員(34万4174円)を被告に支払い、また、それに対する遅延損害金についても、同年3月中に被告に支払っている。

 4 原告は過去に懲戒処分を受けたことはない。

また、その勤務成績が良好であったことは、2005年(平成17年)10月に入職後、2008年(平成20年)10月に准教授に昇任していることにも現れている。

その研究活動、姿勢、成果については、学外からも高い評価を受けており(甲15ないし同20)、研究機関としての被告の評価にも寄与してきた。

 5 比例平等原則

(1)新聞報道によれば、被告は、平成27年7月2日、広島市立大学・大学院情報科学研究科の准教授(日本人男性)に対して、戒告の懲戒処分をなしている(甲13)。

その懲戒事由は、概要、同准教授が、① 日付をまたいで勤務すると2日間の出勤と取り扱われるという制度を悪用し、出勤日を水増しして大学に報告し、給与などを約100万円余分に受け取った(日付が変わった直後に勤務を終えた38日分の給与を水増しして受け取っていた)、及び② 海外であった国際会議への出張中、会議を欠席して観光旅行をしていた2日間分の給与と滞在費を受け取っていたというもので、上記①、②ともに、学生からの情報提供により発覚したとされている。

なお、被告は、当該事案において、同准教授に対し戒告処分をなした時点で、「約100万円の返還を准教授に求める方針」、すなわち、未だ返還を受けていなかった。

また、当該事案については、被告は、同准教授に対する刑事告訴等は行っておらず、検討を行った形跡も窺われない。

(2)上記事案と比較しても、本件において、格段に、著しく重い処分、少なくとも懲戒解雇処分をなすのは、公平、公正とは言い難い。

すなわち、上記新聞報道の事案①は、准教授が意図的、計画的に、出勤日を水増しして被告に報告することにより、賃金を不正に受給するという行為を常習的に繰り返したというもので、不正受給した金額も約100万円と多額である。また、事案②は、海外出張中、会議に出席することなく観光旅行をして職責を放棄した、さらに、その事実を偽って報告し、給与と滞在費を受け取っていたというものである。さらに、それらの事実は、学生からの情報提供により発覚したというものである。

当該事案に対する制裁が、戒告にとどめられたのに対し、本件において、少なくとも懲戒解雇なすのは、公平、公正とは言い難い。

 6 懲戒解雇処分は大学研究者としての生命を絶つに等しい処分であり余りに過酷であること

原告は、本件懲戒解雇により、職を失うとともに、退職手当の全部を不支給とされている(その金額は被告によれば446万0790円である。)。

さらに、原告は、2005年(平成17年)10月に被告に入職するために来日して以降、職員住宅(広島市西区三滝本町二丁目)に入居していたところ、本件懲戒解雇に伴い被告から同職員住宅の明渡しを求められた。そして、原告は、他に日本国内に住居を有さず、また、在留資格の問題も生じ得ることから、やむなく、本年5月2日までに韓国内に住居を準備し、同日、上記職員住宅を明け渡した上、以後は、韓国に滞在するに至っている。

何より、本件懲戒解雇処分は、事実上、原告の大学研究者としての生命を絶つに等しい処分であり、余りにも過酷である。

 7 小括

(1)以上より、本件において、原告に対し、懲戒解雇処分という極めて重大な不利益を課す処分を選択することは、社会通念上著しく妥当性を欠いて過酷であって、懲戒権を濫用したものといわざるを得ないから、本件懲戒解雇は無効である。

(2)なお、本件において、被告が、原告を懲戒解雇処分となすについて、不当な動機を疑わざるを得ない事情も存することから、追って、かかる事情についても主張する予定である。

 

第10  各請求について

 1 労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求

本件懲戒解雇は上述のとおり無効であるから、原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にある。

 2 賃金の請求

 (1)原告と被告との間における本件懲戒解雇当時の労働契約における賃金額

ア 給与等

期末手当及び勤勉手当を除く賃金については、毎月末締めで、遅くとも当月21日に当月分が支給され、本件懲戒解雇当時の原告の賃金額(給与及び期末手当を除く諸手当の額)の月額は少なくとも56万円を下らない(甲13)。

イ 期末手当

期末手当については、3月1日、6月1日及び12月1日(以下「期末手当の支給基準日」という。)に在職する場合は、それぞれ遅くとも3月15日、6月30日、及び12月10日までに支給するものとされ、本件懲戒解雇日以降に支給日の到来する原告の各期末手当の額は、それぞれ下記の金額を下らない。

6月支給分 57万4000円

12月支給分  65万8000円

3月支給分 22万4000円

 (2)賃金の請求

本件懲戒解雇は、上述のとおり無効であるから、原告は、被告に対し、本件懲戒解雇後の賃金として、下記のとおり、2017年(平成29年)5月1日以降の賃金の支払いを求める。 

被告は、原告に対し、2017年(平成29年)5月から本判決確定の日まで、毎月21日限り56万円、毎年6月30日限り57万4000円、毎年12月10日限り65万8000円、毎年3月15日限り22万4000円、及びこれらに対する各弁済期の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

第11  結語

よって、請求の趣旨記載のとおり訴訟を提起する。

 

 

証 拠 方 法

 

1 甲第1号証の1  「辞令書」

2 甲第1号証の2  「懲戒処分説明書」

3 甲第2号証    「個人調書」

4 甲第3号証の1    ウェブサイトプリントアウト書面

「プロジェクト研究 『呵責』の政治学-北東アジアにおける集合的記憶」

 

5  甲第3号証の2   ウェブサイトプリントアウト書面

「プロジェクト研究 北東アジアの文化及び集合的記憶」

 

6 甲第3号証の3   ウェブサイトプリントアウト書面

「既刊図書 Northeast Asia’s Difficult Past」

 

7 甲第4号証    文献(抜粋)「北東アジアの歴史と記憶」

 

8 甲第5号証        ウェブサイトプリントアウト書面

「CiNii図書-Routledge handbook of memory and reconciliation in East Asia」

9 甲第6号証       「立替払請求書 Request for Reimbursement」

10 甲第7号証       「平成24年度第5回広島平和研究所教授会 次第」

11 甲第8号証    広辞苑・第六版(抜粋)

12  甲第9号証        ウェブサイトプリントアウト書面

「海外で過ごす在外研究ってどうなの?」

 

13 甲第10号証の1 「Application Form」(申請書)

14  甲第10号証の2 翻訳文

15 甲第11号証   航空券(e-チケット)

16 甲第12号証   総合口座通帳

17 甲第13号証    新聞記事「出勤日水増し 准教授を戒告 広島市立大」

18 甲第14号証    標準報酬 決定・改訂通知書

19 甲第15号証の1 「To Whom it May Concern」から始まる書簡

20  甲第15号証の2 翻訳文

21  甲第16号証の1 「To Whom It May Concern」から始まる書簡

22  甲第16号証の2 翻訳文

23  甲第17号証の1 「Letter of Support for Mikyoung Kim」と題する書簡

24  甲第17号証の2 翻訳文

25  甲第18号証の1 「Dear Honorable Judge」から始まる書簡

26  甲第18号証の2 翻訳文

27  甲第19号証   「金美景博士に関する供述書」

28 甲第20号証   「尊敬する裁判長 殿」から始まる書簡の翻訳書面

 

附 属 書 類

1 甲号証写し             各1通

2 資格証明書              1通

3 訴訟委任状              1通

以上